啓明学園 スロヴァキア訪問記

□■□ 2000年 春 スロバキア体験学習 □■□


3月28日(火) 曇り −2日目−

朝、7時(サマータイム)に、学校の入り口に集合した。前日の長時間の移動で生徒達は疲れていたが、昨夜は休息ができたので顔色は良かった。2名の生徒が昨夜は疲れていたのとシャワーの使い方がわからないので入らなかったと言っていたので、その事をライチャコバ先生を通してホストファミリーに伝えてもらうことにした。その他は、特に問題はなかったのでホッとした。

マーキュリー校では、全校生が私たちをバルノバ理事長(女性)の待つ2階の部屋まで通路の両側に並び、拍手と笑顔で出迎えて下さった。私達は、ライチャコバ先生とヤンコヴィチョバ先生、そして昨年9月に来日したマーキュリー校の生徒に連れられて、歓迎の拍手の中を理事長室まで向かった。
理事長室には、ミセス バルナバとご主人のミスター バルナが私達を待っていた。(*バルナ−男性名 バルナバ−女性名) 理事長のミセス バルナバは、とても気品に満ちた方であり、昨年から啓明学園と姉妹校になり、平野理事長と両校の友情と協力を約束した事、また、3月31日に予定しているグローバルフレンドシップ祭の日本の文化紹介に期待していることを話された。私達の緊張感もこの時にピークに達していた。
その後、高1の本橋 光さんに代表の挨拶を英語でしてもらい、中1の溝口 亮君におみやげを渡してもらった。バルナご夫妻は最後に私達一人一人に握手を求め、私達も緊張したまま握手に応じた。 約20分間の歓迎セレモニーだった。

マーキュリー校での生徒の歓迎
理事長室に行くまでこうして廊下の
両側に生徒がたって拍手で迎えてくれた

Boijnice城(私たちと先生方)
8時には学校を出発し、私達はバスに乗りBoijnice城の見学に向かった。バスにはライチャコバ先生、ヤンコヴィチョバ先生、ライチョコバ先生の娘のニカさんと本橋さんのホストブラザーであるピーター君の5名が同行してくれた。
バスで約2時間、外の景色は古い田舎町と畑が交互に続いた。町にはどこにもオレンジ色の屋根の田舎風の町並があり、そこには必ず高い屋根の教会が一つあった。

Boijnice城の周辺は、今までの風景よりは町並みが美しくそこにそびえたつお城は、いかにも私達の思い浮かべる西洋のお城らしいお城という感じの風格だった。
そこには、矢崎総業スロバキア社の石川社長の奥様と秘書のアジャさんが私達のために来て下さり、お城の見学に同行された。ドイル先生がここでは、英語での説明を日本語でしたが、スロバキアの人々にとって難解な日本語を目の前でスラスラと訳していくアイルランド人のドイル先生に驚いていた。

お城には、本物の大砲や、歴史ある各国のさまざまな美術品があり、マリーアントワネットやマリアテレジアなどの肖像画や、ハップスブルグ家の遺品が多く飾られいた。私達は、各部屋ごとにある美しい高価な美術品の素晴らしさに圧倒された。さすがに、本物のお城だということを今更のように感じた。
このお城は、週末には結婚式に使用されている。この他にも、狩猟の部屋、東洋の美術品のある部屋等、さまざまな部屋があり、地下には石窟もあり、その規模の大きさに圧倒された。

 昼食は、お城の近くにあるレストランで石川社長と合流して、日本語の出来るスロバキア人の秘書の方と一緒に、イタリア系の料理をたくさんごちそうになった。石川社長夫妻は、ひさしぶりに日本の学生に会ったということでとても喜んで下さり親切にもてなして下さった。
その後、バスで約10分ほど行ったプリエザという町に向かった。ここにはスロバキア初の日本企業との合弁会社である矢崎総業スロバキア社があった。私達は石川社長自らの案内で工場を見学させていただいた。この工場には、自動車用組電線(ワイヤールーネス)の生産ラインがあり、この領域では世界一のシェアーを持っているということだった。

 帰りは、ショッピングセンターのTESCOへ寄り、スロバキアコロネに両替をして買物をした。物価はとても安かった。マーキュリー校へは、予定より遅れて午後6時45分に到着。遅れがあったものの、ホストファミリーの皆さんは、不満を言うこともなく、生徒を各家庭へと連れ帰って下さった。

Yazaki社 見学
   石川社長から説明を受けているところ


(報告者:関根真理)



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