JOZEF TKÁČIK                           ヨゼフ・トカーチック
General Director of the Slovak Philharmonic Orchestra
 

 
オフィスは、18世紀に建てられたフィルのコンサートホール 〜 《音楽の館》のような建物の3階。バイオリンの音が響き、蝶ネクタイの男性が現れました。 トカーチックさんの部屋には日本製のオーディオセットが備わっていて、フィルのCDからドボルザーク(1841-1904;チェコの作曲家)の音楽が流れます。スーツ姿で歩み寄ってくるその50代の男性は、この雰囲気にあまりにもマッチし過ぎているくらいです。

Q:これまでのフィルのディレクターはみな音楽家ばかりで、経済学者が就任したのは初めてだそうですが…
A:おっしゃるとおり。でも、私の音楽との関わりは決して昨日今日のことではありません。
18才までは、クラシック音楽には全く興味がなかったものの、フォークロアのグループでアコーディオンを弾き、それからその時代のポップスにも熱心でした。偶然だったかもしれませんが、あるフォークロア関係の集まりで、クラシックの公演を聞かされたのです。指揮をした先生は、チャイコフスキーの曲、それも「フランス軍がモスクワの前に」という音楽をテープで流しては止め、メロディーの意味を説明しました。まあ、少年の想像力のせいだったのでしょうか、映画のように現実的で…。今でもそのことを思い出すと背筋がぞくっとしますよ。それで、クラシック音楽に生涯をかけるほど魅せられたんです。
実は、今の若者にもこのような《奇跡》を体験してもらいたくて、例えば、5月8日に、中央広場の近くで、フィルが、ベートヴェンの第9番の屋台コンサートを行うんですよ。

Q:そのような経験をなさったのに、結局、経済大学を卒業されたそうですね。
A:クラリネット奏者になるのが夢だったのですが、芸術大には入れず、仕方なく経済大を選んだんです。 趣味として、ルーチニツァの合唱団で10年間歌い、世界の国々を巡って音楽の喜びを広く伝える活動をしていました。卒業後は労働研究所に入ったのですが、文化をこよなく愛していたので、結局国立ラジオ放送や美術協会や伝統的な民芸家の協会で働いていました。(数えると、自分でも信じられないような顔で)もう14年間もフィルに勤めていて、ディレクターを6年間してきたんですよね。

Q:美術をされたんですか?もしかしたら絵も書かれていらっしゃいますか。
A:いいえ、残念ながら、絵は全く駄目でした。小学校でも、一番悪い点を取ってばかりいました…(笑)

Q:フィルでの1日はどのようにお過ごしでしょうか?
A:朝はちょっと遅くて、9時ぐらいでしょうか。オフィスに着いたら、建物の処理をはじめ、外国人の演奏者との交渉、日本政府から寄付していただいたスタジオでの音楽の録音の計画を立てることなどなど、仕事は様々です。夜はコンサート。(笑)何度も同じ出し物を聴いていますが、聞く度に新鮮に聞こえるんですから不思議ですよね。

Q:最後に、日本の皆さんへのメッセージをお願いします。
A:フィルと一緒に日本を訪れた時に感じたのは、技術だけではなく、芸術に対しても尊ぶ気持ちのあるなんて素晴らしい民族なんだろうということです。 経済学者の立場から見ると、スロヴァキアの一番優れた《製品》は文化:唄・音楽・舞踊・民芸などではないのかと思うようになりました。遠い日本にまでそれらを紹介に行ける機会はなかなかありませんが、こちらへいらっしゃるお客様には、是非この《製品》を楽しむ時間をお持ちになることをお勧めしたいです。フィルのコンサートでも、お待ちしております。
トカーチックさんは、音楽についてお話しになると、目が輝き出します。日本でのコンサートツアーが忘れられないということを何回もおっしゃっいました。日本がとても気に入られたようでした。趣味と仕事がご一緒で、なんて幸せな方なのだろうと感じました。
     
   
   
     
   
  音楽で輝いているスロヴァキア・フィル