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PAVOL ČOREJ
パヴォル・チョレイ |
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Director of Folk Dance Group Lúčnica |
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Q: ルーチニツァ舞踊合唱団との最初の触れ合いと言えば…?
A: そうですね。ルーチニツァの皆と同じように、大学時代に入ったのです。その時は、経済大学での先輩、現在はスロヴァキア・フィルハルモニーのディレクター、トカーチックさんは、もう1年ぐらいルーチニツァのソリストだったのですが、「コンクールに来い」と声をかけてくれたのです。1963年、もう昔のことですが…、1963年から1968年までは私も歌手として合唱団のメンバーでした。

Q: ルーチニツァの会員はだいたい高校生と大学生ですね。大学を出てから、ルーチニツァも辞めると言う形が一般的だそうですが、その頃はいかがでしたか。
A: とても難しかったのです。大学を出て、ブラチスラヴァからも離れたので、ルーチニツァももちろん辞めたのです。出身のシャリシュ地方のプレショヴに帰り、勉強した経済学を活かそうと思っていたのですが、文化行事で生き生きしたブラチスラヴァを離れたら、生活がつまらないと感じたのです。仕事にもあまり満足できなかった・・・文化行事のマネージャーのような仕事をしたかったので、2、3年後にまたブラチスラヴァへ戻り、文化省に勤めたのです。そこは長い勤めになりましたが、1989年に心をずっと引かれていたルーチニツァのディレクターに選ばれたのです。

Q: なるほど。ルーチニツァは有名な舞踊合唱団として世界中で知られていますが、その裏側にはどのような状況がありますでしょうか。そして、ディレクターの一日はどんな感じなのでしょうか?
A: そうですね。まず一番重要なポイントは、プロの20人ぐらいの楽士と勤めている数人の管理スタッフを除くと、大体50人の舞踊団のメンバーも、そして50人の合唱団のメンバーも、皆アマチュアでボランティアであることでしょう。というのは、自分の時間をルーチニツァのため、そしていわゆるスロヴァキアの名前のために捧げているのです。原則的にアマチュアでボランティアの舞踊合唱団であるのに、プロの指導があり、レベルが高いとされています。そのお陰で、ルーチニツァがずっと前から特別な地位を得て、文化省から直接管理されています。私の日常の仕事もこの事情を反映していると思います。会員と文化省の間に立ち、細かい技術的な問題から公演の内容のプランニング、スケジューリング、金銭面などまで舞踊合唱団の管理がスムーズにいくように努力しています。

Q: そう言えば、「ルーチニツァの一年」はどんなリズムで動いているのでしょうか。
A: 「ルーチニツァの一年」は新しいプログラムの用意で始まります。いつも1月〜4月半ばぐらいまで練習し、その残りは公演ですね。年によって公演回数が違いますが大雑把にいえば、年に大体60の国内公演があり、それに凡そ15の海外公演をします。

Q: 結構多いですね…そして、ルーチニツァの平均年齢というと?
A: 舞踊団の会員は16歳の高校生から大学を卒業する学生までですので、平均年齢は21歳ぐらいですが、合唱団のほうはそれより少し高いです。やはり、熟した声が望ましいからでしょう。そして、楽士はプロの人ですから、35歳ぐらいになっています。一般的に言えば、ルーチニツァは名前は古いですが、メンバーが年をとらないですね…(笑)

Q: ルーチニツァに入るのは難しいと聞いていますが、どうでしょうか。
A: 年に一回、いつも9月にコンクールがあって、5人ぐらいの新しい会員を受け入れることにしていますが、その子達はもちろん、児童舞踊団、児童合唱団からの天才だけですが…

Q: 噂のとおり厳しいですね…、舞踊団と合唱団が別々に練習と公演をしますか、それとも一緒のプログラムもあるのでしょうか。
A: 全く別々です。ルーチニツァには舞踊団と合唱団の二つの部があり、全く違うプログラムを練習し、全く違う公演に出ています。舞踊団のほうはフォークロアに集中し海外公演が多いですが、合唱団のほうはクラシック音楽や洗練された民謡をやり、国内公演が多いですね。二つの団の公演内容が違うからこそ、管理もたまに難しいですが…

Q: 話が変りますが、ルーチニツァと日本の関わりと言えば…?
A: まだ少ないですが、2回日本でも公演したことがあります。1970年に大阪のEXPOに参加し、そして、1996年にReport
Folklor Tokyoのお陰でツアーのように日本を廻り、あっちこっちで公演をしました。私自身は行っていませんが、会員からの話によると、日本文化にも触れることができて、とても面白くてよかったそうです。日本は遠い国ですが、また機会があれば、是非ともフォークロアを通して日本でスロヴァキアを紹介したいと思います。

Q: 最後に、日本の皆様へのメッセージをお願いしたいのですが…
A: お互いの交流が深めれば嬉しいと思います。フォークロアを通してスロヴァキアの心が分かっていただけると思いますので、ルーチニツァの会長として、スロヴァキアのフォークダンスと民謡をお勧めします。しかし、それだけではなくて、元は経済専門家でしたから、日本とスロヴァキアの経済関係も深まればと心の中で祈っています。スロヴァキアにはまだまだ社会主義時代から残った欠点が感じられますが、法的な状況が年々安定してきていますし、政府が外国の投資を促進していますので、これからはビジネスのチャンスが多い国になると思っています。それを日本企業、メーカー、ビジネスマンがご利用くだされば、お互いの発展のためになるのではないかと思っています。
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ルーチニツァのディレクターはいったいどんな方なのでしょう…私も強い好奇心を持っていました。話してみると、やはりマネージャーという感じ。決断力が強そうで、はっきりとした話し方。ルーチニツァの踊り手や歌手のようなハンサムさがまだまだ残っていらっしゃいます。経済的な問題点に触れると、厳しい目になったりしますが、ルーチツァの若いメンバーについて語ると、お父さんのように優しいこころが見えてきます… |
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ルーチニツァの公演の話かな… |
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リズミカルで激しい踊り方 |
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こんなジャンプなんて! |
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良い公演には厳しい練習が必要 |
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