PAVOL ONDRIŠ                           パヴォル・オンドリッシュ
Chair Maker Venturer
 

 

小さな部屋に入ると、オンドリッシュさんは交渉中です。二人が座っている椅子は、交渉の話題になっています。ある新しいデパートのチェーンでは、2千個ぐらい必要なようで、どんな値段で提供したら良いのかと、話し合っています。椅子を見るだけでも座りごこちが良さそうで、「自分の机の前にもこんなのがほしいな…」とふと思っているうちに、交渉が終わり、インタビューが始まりました。

Q:オンドリッシュさん、52歳で初めて企業を起こすことはなかなか珍しいと思いますが、その理由は…?
A:子供の時は共産主義で、国営企業しかなかったんです。自分で企業を起こし、椅子を生産するなんて考えは、一つもありませんでした。実は、自分の生活を全く違うように想像したのですが、この国に急激な変化があって…
音楽学校に入り、トランペットを勉強し始めたのです。しかし、顔の筋肉が弱すぎて、卒業は出来ませんでした。結局、建築関係の学校を出て、1990年までは建築現場で働いていました。最後の10年ぐらいは、ブラチスラヴァの近くにあるルソヴツェ村の古い館の復旧作業を担当しまして…

Q:そこで国の急激な変化が…
A:まあ、日本の皆さんも1989年の革命のことをお聞きになったかと思いますが、この館もその後私立になり、僕も仕事を失いました。なにしろ、建築が不況のため他でも仕事が見つからなくて、甥の会社で働かせてもらいました。彼らがインテリアデザインをやり始めたのです。そこはいつもイタリアから輸入された椅子を利用し、自分でもっと安く作れるのではないかと考え始めたのです。

Q:それで椅子のメーカーになったのですね?
A:そうです。合唱団で歌ったおかげで、イタリアへ良く公演をしに行ったのですよ。友達が沢山出来、彼らを通してイタリアの椅子の部品メーカーにコンタクトを取りました。デザイン、プラスチックの部品は主にイタリアから持ってきて、ここで組み合わせ作業をしています。革、布地はもちろんスロヴァキア製です。去年、スロヴァキアの専門展示会で、革の椅子が、健康的だとの理由で優勝したこともあったのです。

Q:従業員は何人いるでしょうか。
A:家族の人、娘一人と義理の息子が手伝っています。他の人は皆自営業者のライセンスを持っていながら、注文があるときだけ仕事をやっています。この形は、現在の保険制度・税金制度に対して、小さな企業なら理想的です。

Q:62歳で、普通の人は退職を考え始めますね。
A:まあ、家族のためには、続けたいですが、だんだん若い世代に任せて、今も趣味には必ず時間をさいています。学生時代から、ずっと歌が趣味でした。10数年間、ブラチスラヴァ市の合唱団で歌って、このごろは日本のわだち合唱団と西ノ宮合唱団との友好関係が始まっているので、いつか日本へも行ける夢を抱いています。

Q:それは素晴らしいですね。最後に、日本人の皆様へのメッセージをお願いします…
A:このインタビューを読んでいらっしゃるほど、スロヴァキアへ興味のある方々を、是非スロヴァキアへもお誘いしてみたいです。町も面白いかもしれませんが、私の大好きなリプトヴ地方の自然をお勧めしたいです。タトラ山、早い流れの小川、鳥の鳴き声、おいしい空気、素晴らしい民謡が生まれた場所…それがリプトヴで、疲れがいやされる所ですよ。

オンドリッシュさんは元気旺盛な人です。イタリアとの関係が長くて、「dolce vita」(甘い生活)を送っているようなお顔、いつも輝いている目…本物のイタリア製のコーヒーメーカーで、有無を言わせず砂糖をいっぱい入れて、泡立つカプッチーノを作ってくれました。本当においしかったです!オンドリッシュさん、ありがとう!
     
   
  快適な椅子を作るには優しい心が必要  
     
   
   
  リラックスできる椅子には色選びも大事  
   
  見ただけでも座り心地がよさそう