米ロ両国大統領の滞在も含めた2月23日から25日にかけての首脳会談は無事に終わった。日本の報道機関からもその様子、会談の内容は報告されているので、私のレポートでは、会談が行われていた際の街の様子をお伝えしよう。
2月23日夕方過ぎ、アメリカのブッシュ大統領がブラティスラヴァの飛行場に到着する時間、スロヴァキアテレビでは特別番組が設けられていた。画面にはブッシュの到着を心待ちにするかのようなスロヴァキアの大統領ガシュパロヴィッチをはじめ、政治家、兵隊が映し出されていた。そして、19時40分、夫人と共に飛行機から姿を見せたブッシュは出迎えに手を振って答えた。
ロシアのプーチン大統領よりも先に入国したブッシュは、24日、午後の首脳会議の前にブラティスラヴァの国立劇場前のHviezdoslav(フヴィエズドスラヴ)広場にて演説を行った。そこではスロヴァキアが自由を獲得し、成長を続け、他の国の見本となるべき発展を展開しつつある国であることを特に強調して述べていた。広場の周囲全体にフェンスが張られ、演説台の周りには入場券を持った人のみが入場を許可された。入場券のない者は、さらにその後ろで彼の演説を聴いていたが、そこには反ブッシュ派、反アメリカ派がアメリカの戦争行為に対して抗議デモを行っていて、「ファシスト」「帰れ!」「出て行け!」と声を揃えて叫んでいたためにブッシュの演説は後方までは届いていなかった。
プーチンはというと、24日の午後、殊に大きな出迎えもなく、ひっそりとスロヴァキアに到着した。到着だけでなく、概してプーチンに関する記事は、ブッシュよりも少なく、マスコミも政治家も、とにかくブッシュへの集中が大きかった。米ロ首脳会談ではなく、アメリカ大統領訪問とだけ伝えたほうが良いのではないかと思ったほどである。
今回の首脳会談のために、23日〜25日までの3日間は両大統領の通過する道路、集まる場所で世界最大級の厳戒体制が敷かれていた。ダウンタウンは閑散とし、バリケードや検問所が設けられ、警官はあらゆる場所に張りついていた。大統領官邸、会談の開かれたブラティスラヴァ城、ブッシュの宿泊場所となったホテルカールトンの3つは厳重に警備され、交通規制も厳しかった。そのため、これらの建物の付近にある学校は休校となったほどである。また、交通規制のために会社に出勤できなかった人もいるという。私自身、交通手段が減ったために余計に歩くことになったり、一時通行止めを食らって、30分間バスの中で待つことなどを強いられた。
しかし、厳重な警備の甲斐あって、会談も無事に終了し、2人を無事故で送り出すことができたのである。スロヴァキアからアメリカへの申請として話題を集めていた、アメリカへの観光ビザの廃止は、今回、実現へ持ち込むことは出来なかったものの、将来にはその可能性があることが明らかになった。スロヴァキアはこの首脳会談に際して大きな役割を果たし、世界に名を記しめたといえる。
 街灯もオシャレに |
 米露首脳会談記念切手 |
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